日本で考案された由緒あるガラスペンについての紹介サイトです。日本風物詩である風鈴などと同等のガラス職人のよって作られるガラスペンです。
スポンサードリンク
ガラスペンが日本で考案されたのは、明治35年佐々木定次郎氏が作ってのが初めてです。佐々木定次郎氏はガラス職人で、風鈴などを作っていましたが、彼の作るガラスペンは、非常にインクを溜め込める構造になっていて、普通の金属ペンよりはるかにインクの持ちが良いモノで、はがきを書くのに一回インクをつければ、済んでしまうほどで、評判を呼んで海外へ輸出され、イタリアのガラス製造で有名なベネチアでも同じようなガラスペンが作られるようになったと言われています。
マスコミでガラスペンの話題が取り上げられるようになって、最近一般お人にも知られるようになりましたが、東京の下町にも佐々木定次郎氏のガラスペンと同じような製品を作っている佐藤工業と言うメーカーがあります。佐藤工業のガラスペンは、佐々木定次郎氏のガラスペンと良く似たものであり、その意味では日本のガラスペンの原型のような製品です。
福岡県で独自の製法でガラスペンを作っておられるガラス職人の菅清風(かん・せいふう)さんは、長年一人で硬質ガラスを使っておられますが、硬質ガラスは普通のガラスより固く丈夫で、耐熱性、耐薬品性、耐磨耗性に富んでいて、独特の書き味が魅力ですが、硬質ガラスの溶解温度が普通のガラスの倍以上のため、繊細な加工が必要なガラスペンを作るには、熟練した技術が必要と言われています。
菅清風さんは現在もガラスペンの新製品を開発されていますが、硬質ガラス製の万年ガラスペンと言うモノを考案中で、これも楽しみです。菅清風さんは随分前から、硬質ガラスで作られたひょうたん型ぽっぺんを、100歳になった人や、平和に貢献した人たちに無料でプレゼントをするボランティアも続けられています。
菅清風さんがガラスペンを作り始められたのは1996年からで、もともとは硬質ガラス加工職人として長年南蛮渡来のビードロ(ほっぺん)を作られていた人です。今ではぽっぺんと言っても舟崎克彦氏の子供向けの本の「ぽっぺん先生」シリーズの方が有名ですが、喜多川歌麿も美人画の『ポッピンを吹く女』で、ぽっぺんを題材に使っています。
ほっぺんとガラスペンと言う、あまり関係のばいガラス製品が融合した菅清風さんのガラスペンは、一つ一つ菅清風さんが手作りされるため、同じモノはなく、書き味もそれぞれ微妙に違ってくるそうです。金属ペンなどと違って、作った後でペン先の修正などは出来ないだけに、他のガラス製品同様ガラスペンには繊細で危なげな美しさがあると言えます。
スポンサードリンク